第17回


高橋氏、毛利元就の策に一族滅亡の 巻



   島根県羽須美村から瑞穂町にかけての境に犬伏山という山がそびえていますが、その犬伏山の麓の山中に人知れず墓標があります。その墓標には「鷲影城主高橋弾正盛光之墓」と書かれています。
 この高橋盛光という武将、毛利元就にはめられてこの山を越えて吉田の元就の所に行こうとしていたところを待ち伏せていた毛利の手下のものにこの地で討ち取られたと言い伝えられています。墓標の傍らに生えている椿の木がその目印とされているそうです。
 高橋氏といえば、毛利元就が台頭してくる直前は、石見地方の有力豪族として毛利氏の前に立ちはだかっていたのです。毛利元就の兄興元の正室として高橋光久の娘が嫁ぎ、嫡男幸松丸が生まれ、そのままいけば元就に毛利家当主の地位は永遠に転がりこむことなどなかったのです。ところが、兄興元が24歳の若さで死亡、跡継ぎの幸松丸も9歳にして現在の広島県東広島市に所在していた鏡山城攻防から帰還して後すぐに死亡。それまで幸松丸の後見役として元就と幸松丸の祖父に当たる高橋光久が当たっていましたが、高橋光久が当時は毛利家より強大な勢力を持っていたので、元就もいいようには動けなかったようです。
 ところが、高橋光久は、現在の三次市一円を支配していた宿敵三次氏を打たんとして、支城の青屋城を攻めにかかります。城そのものは落ちるわけですが、首実検をしている最中、敵襲にかかりあっけなく討ち取られてしまいます。
 これで高橋氏の勢力も衰退かと思われるところが、その嫡男興光が中々の武将で、依然として毛利氏をけん制し、安芸への進出さえ伺い始めます。元就としては、この武将をこのままにしておけば、将来必ず禍すると考え、取り除こうと考えます。
 元就は、高橋興光と対抗している興光の叔父に当たる高橋盛光を利用することにします。高橋盛光という武将、強欲で思慮がないことを見抜いて、元就得意の諜略によって内部から切り崩す作戦に出ます。
 高橋興光が宿敵三吉氏攻撃に出かけると、元就は盛光に密書を送りつけ、言葉巧みに興光に対する不信感を扇動し、興光を倒せば、その所領を与えると書き送ります。盛光はまんまと元就の策にはまります。高橋興光が宿敵三吉氏討伐から帰還するところを待ち伏せ討ち取ります。現在の島根県羽須美村の江の川沿いに軍原という場所が残されていますが、そこが戦場の跡になります。高橋興光の首を抱えた、盛光は早速手はずどおり、首実検のため吉田に近い生田というところへ向かいます。しかしそこで待ち受けていたものは、意外な顛末でした。
 元就から褒められるどころか、骨肉の親族を裏切るとは武士の風上にもおけぬ犬武士と罵倒され、捕らえられようとします。盛光は背後の犬伏山へ逃げ込んで羽須美の本拠地へ逃走しますが、元就の手の者に捕らえられ打たれるわけです。それがこの墓標のある山の中というわけです。
 元就は、これで高橋氏を完全に封じ込め、その所領一万六千貫とも言われていた広大な領地を手に入れ、他の安芸国の国人領主から一歩抜け出て、安芸国の盟主たる地位に近づいていくのです。
 数ある石見、出雲の国人領主たちの中でも、多くのものは毛利氏に降参しそのまま毛利氏家臣団の中へ組み込まれていきますが、この高橋氏だけは、ほとんど根絶やしにされ、歴史の中から消されていきました。この山の中の墓標を見つけ出したとき、なんともいえない寒気を感じましたが、それは元就という武将の魔性的な側面への寒気だったような気がします。


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