Samurai World>史跡物語


第23回
ザビエル来日発端の地



鹿児島の錦江湾から東シナ海へ広がる出口に根占の港があります。
この根占の港は、中世以来根占氏の支配地で、遠く中国から東南アジアとの交易のベースキャンプとして
中国やポルトガルの船でにぎわったところです。
 今ではひなびた過疎の港町にしか見えない風景ですが、中世戦国時代は、現在の東京に劣らないほどの
国際的な町だったところです。現在ではひなびたたたずまいしか感じさせない根占の港の近くに写真の大楠がそびえています。 この大楠こそは、何百年もの歴史を見てきた生き証人なのです。
 この大楠の謂れには、次のようなことが説明してあります。
 『500年前の頃 このあたりまで海水が入り込み、天然の良港を形成、南蛮船や中国船、琉球船が出入りしてにぎわっていた。この大楠に船を係留していた。
中国船と南蛮船との間に争いが起こったとき、当地の池端弥次郎重尚が仲裁に当たったが、中国船からの火矢に当たって戦死した』と。
 この説明の中に登場している《池端弥次郎重尚》こそ、ザビエルを日本に連れてきた《ヤジロウー》とも推測されている人物です。または《ヤジロウー》の先祖とも言われたり、同じ家系のものであるとも言われており、《ヤジロウー》と《池端弥次郎重尚》とを明確に比定することはできないようですが、何らかの繋がり、《ヤジロウー》が、根占氏に係わりのある人物であることは確かなようです。
 根占氏は平家が壇ノ浦で敗れた後にこの地に定着した一族とも言われています。根占の地形は大隈半島の南端、錦江湾の出口、東シナ海への入り口に位置し、背後の険しい山々が海岸近くまで迫り、農業生産には期待の持てなかったところから、早くから東シナ海交易に生活の基盤を置いてきました。
薩摩では、この根占、対岸の山川、そして古代からの坊津が東シナ海交易の拠点として、多くの海外の船団が行き来したところです。後期倭寇は、九州各地の海岸を拠点としていましたが、薩摩の人々の割合がすこぶり高かったようです。当時来日したポルトガル宣教師の日本に関する著述の中でも、薩摩の土地の生産性の低さとそれ故、その生活の基盤を海外交易、あるときは正式な交易、場合によっては略奪に置かざるを得ない状況が述べられています。
 そもそも当時の交易などというものは、明国の貿易禁止政策によって、正式な交易ルートがないわけですから、交易によって生活をしなければならない人々にとって、死活問題になります。ですから、正式ルートがなければ、非公式ルートで交易せざるを得ない状況だったわけです。国家が認めようと認めまいと、人々の生活は日々営んでいかなければならないわけですから、はるか昔から海を生活の基盤にしている人々にとっては、国家成立以前から行われ続けてきた行為として慣習的に行っていたにすぎないと思います。それを国家が認めなければ、海賊になり、認めれば正式な交易になるだけの話です。海賊とか、倭寇とかいう観念事態が、秀吉による天下統一による《公儀》権力の発生によって、排除されていくことによって定着してきた観念といえます。瀬戸内海の村上氏なども《近世権力》の成立によって、海賊に仕立て上げられていったよい例です。彼らの言い分は、丘でやっていることを海でやっているだけの話よ、というわけですから。丘には関所があるから、海にも関があって当然という考え方です。丘に関所がなくなれば、海の関も消滅していくのもまた当然だったことは、歴史の流れだったのでしょう。
 この根占の港も、東シナ海を生活圏としてきた多くの海の人々の拠点だったところです。当時、多くの中国の船、琉球の船、そしてポルトガルの船が係留されていたようです。ポルトガルについては、日本人の多くは、種子島との接点くらいしかイメージできないようですが、彼らは当時の国家戦略によってアジアを広く行き来しています。九州の海岸には頻繁に現れているようです。《ヤジロウー》がポルトガル船に乗船したところは、根占の対岸の山川港からと言われています。《ヤジロウー》はマラッカでザビエルと歴史的出会いを行い、彼を日本へ連れてくることになります。その後日本にもキリスト教徒が数百万人と言われるほど(隠れキリシタンを含め)広がり、戦国時代から徳川時代の創成期の日本の方向性に大きな影を落としていきます。
 その端緒を作り出した男が《ヤジロウー》だったこと、そしてその彼が生まれ育ったところが、現在ではひなびて当時の賑わいすら感じることは出来ない、薩摩半島の港町根占の地だったのです。写真の大楠は、500年前の《ヤジロウー》の姿も見ていたはずです。《ヤジロウー》が何者だったのかを知るのはもはやこの大楠だけなのかもしれません。

 

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