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知覧  鹿児島県南さつま市


知覧町と言えば、太平洋戦争中に置かれていた特攻隊基地の町として全国に知られているようですが、古くは、薩摩島津氏の外城制度の典型的な『麓』として発展してきた街としても有名です。
昭和56年には、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。現在残されている町並みは、江戸自体中期、知覧領主の佐多氏18代島津久峰によって整えられたものです。
 


佐多氏は、もともとは島津氏の分流で、知覧の地頭職を務めていましたが、長い間の功績により第16代に島津氏の姓を認められ、以後島津氏を名乗ることになります。

<外城制度> 外城制度こそ薩摩の強さの秘密だった!!
 島津氏の他藩に対する最大の特色は、『外城制度』という防衛システム兼支配システムにあります。
 本城の鶴丸城を中心に同心円状に配置された各地に『麓』と呼ばれる集落に武士を定住させ、外部からの攻撃に対する防衛網を形成していました。その麓は中世の山城を拠点にした中世武士団の集落を引き継ぐ形で、島津氏の親族を中心に直臣を赴任させ、地域住民の徹底した支配を貫徹するため、また緊急に備えたときの軍事上のために、薩摩藩に103箇所にも及ぶ拠点を有機的に形作っていました。そういう『麓』集落を拠点とする農民の支配システムかつ防衛システムを『外城制度』と言います。







観光度 ★★★

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