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竹原の町並み 広島県竹原市 |
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竹原は、中世時代、小早川氏の一族竹原小早川氏がこの地の開発領主として定着して、開発されて行きます。 小早川氏は、備後から安芸にかけて内陸部へ進出すると同時に、瀬戸内海へと海の富を目指して海洋的性格を有した豪族でもありますした。 小早川氏に転機が訪れるのが、毛利元就の台頭です。元就は三男の隆景を竹原小早川氏の養子にごり押しで入れ、続いて本家の沼田小早川氏を併合し、小早川氏を毛利氏の中に組み込んでいきます。 現在の竹原の町には、名刹が残されていますが、これなど小早川隆景の残した遺産でもあります。 竹原の町が近世の商業都市として栄えてくるのは、江戸時代になってのことです。 塩田産業の富をバックにして近世的資本主義商人が台頭してきます。彼らの富による文化が花開くのが江戸時代です。 その中でも、竹原が生み出した文化人として著名な人物が頼山陽です。江戸時代後期の儒学者、歴史家として日本有数の知識人として地歩を築きます。彼の実家が竹原の紺屋を営む豪商で、その近世的資本主義的富が、時代の文化人を生み出したと言えるでしょう。 安芸の小京都というキャッチフレーズで観光地と売り出していますが、中世の小早川氏から連綿と続く奥の深い歴史や村上水軍、伊予の河野氏など、単なる江戸時代の商業都市だけに終わらない味わいのある街です。 |
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