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臼杵の街並み  大分県臼杵市


臼杵の城下町は 江戸時代の稲葉氏の下で整備され、そのまま明治を迎えます。
臼杵に城が築かれたのは、戦国時代末期 大友宗麟の時です。
大友氏が島津氏に敗れた後は、大友一族が城を預かっていたようですが、
大友宗麟の息子大友義続が秀吉によって除封された後は、完全に臼杵の町から大友氏の存在は消えます。
 江戸時代に入り、美濃から稲葉氏が5万6千石で入封し、以後明治まで15代に渡って臼杵を治めます。
 稲葉氏が入封すると 町割が行われ、唐人町 畳屋町 掛町 新町 本町 
 浜町 横町 田町の八町に分けられます。醤油、みそ、酒造などの老舗が今でも並び往時の面影を忍ばせています。
 

豊後地方は全国で最も早くから仏教文化が花開いたところとして知られており、臼杵の町にも多くの古い寺院があります。
 武家屋敷そのものの面影はほとんど残されておらず、稲葉氏の下屋敷が臼杵城の膝元に残されているだけです。
観光度★★★★

関連情報
近世城郭紀行―臼杵城

Archives―建築―稲葉家下:ety 屋敷

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