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伝承隼人塚


  史跡巡りをしていると、同じ武将の墓なのに違った場所で出会ったりすることがあります。一方は世間によく知られているものの、もう一方の史跡はほとんど知られていないという場合があります。 隼人に関する史跡、最もよく知られている史跡である、《隼人塚》については、ことさらその感を深くします。いや、一方は完全に無視されているような気がします。
 そもそも《隼人塚》とはなんでしょうか。
 隼人駅近くの隼人塚の説明によれば、景行天皇、仲哀天皇によって征討されたクマソの死霊をなぐさめるために、和銅元年(七〇八) に建立されたとする伝承に基づくとあります。また寺院跡の史跡との見方もできるとあります。
 世間でよく知られている《隼人塚》は現在の霧島市隼人町の隼人駅のすぐ近くにあります。現在、史跡公園としてよく整備され、資料館には隼人に関する資料などが展示してあり、隼人のことが一応学習できるように配慮されています。
 その公園の一角に昔から隼人塚と呼ばれてきた石層塔や四天王とみられる石像などが整然と配列しています。しかしこの隼人塚、現在の公園が整備されるまでは、数メートルほどの丘の上にあったもので、それを公園の敷地内に再整備したものです。さらには、その移設前の丘陵の上にあった隼人塚も実は、日豊本線の開設にあたり、移築させられたものらしいのです。これは地元の古老の話ですが。
 そうしますと、鹿児島から現在の隼人駅まで鉄道が開通したのが、明治34年となっていますから、そのとき邪魔になったのか、移動したと考えられます。その後現在の公園が整備されるまで、大正、昭和と長いこと、丘陵の上の隼人塚がさまざまな写真に取られ続けられ、隼人塚のイメージに定着していたのです。
 現在、多くの人々は隼人駅の近くにある公園内の隼人塚こそが、唯一の《隼人塚》であると信じているはずです。
 しかし、実は、《隼人塚》はもう一つ存在していたのです。こちらの方は、江戸時代後期に編纂された薩摩藩の地誌ともいえる《三国名勝図会》で紹介され、昔から地元の人々の間では細々と伝承されてきたものです。場所は霧島市国分の重久の田んぼの中です。隼人が朝廷に反旗を翻し、篭城した城は姫木の城と言われ、重久はその城の目の前にあります。現在、こちらの《隼人塚》は史跡の案内などまったくなく、重久という地名だけを頼りにしていてもとても見つからないような有様です。《三国名勝図会》の挿絵のイメージを頼りにやっと見つけ出しました。ちかくに小さな杜があったらしいのです。それだけを手がかりに探しに探しました。田んぼの中にたしかにぽつんとありました。その史跡の前に来れば、これが何の史跡がはっきりわかるのですが、遠くからみても、耕地整備の記念碑くらいにしか見えないのです。史跡から百メールくらい離れたところに、数本の木々がまだ残っていて、これが《三国名勝図会》の中で書かれている木立の名残ではないかとも思えるのです。史跡案内標識くらい近くに掲示するくらいの誠意が欲しいものです。それとも世間にあまり注目して欲しくない史跡とでもいうのでしょうか。史跡的には私にはこちらの方がよっぽど保存する価値があると考えています。
 こちらの《隼人塚》の説明には、反乱した隼人族の人々の首塚との説明になっています。
 それでは、どちらの《隼人塚》が本当の《隼人塚》なんでしょうか。
隼人の研究に関する第一人者でもある中村明蔵氏の考察が示唆しているように、隼人駅にある《隼人塚》の史跡は、隼人とはほとんど関係ない、国分尼寺か寺院跡の史跡が濃厚です。しかしそれが、国指定の史跡に格上げされた理由として当時(大正時代)の内務大臣が鹿児島出身の床次竹二郎氏であったことを挙げ、暗に政治的な理由によるものではないかと示唆されているようです。
 隼人族の反乱の舞台となったのは、現在の旧国分市の城山、隼人町の姫木です。そして重久のロケーションは、この二つのポイントの中間地点、その真っ只中です。またこの重久にある《剣の宇都》《岩戸》という地名は、間違いなく隼人族ゆかりの地名であることを示唆しています。またこの塚の場所は川原であったであろうことは、現在の地形的特長からも推測できます。こういう情報を総合してみると、隼人族の処刑跡を示すのが、この重久の《隼人塚》ではないかと考えています。
 隼人駅近くの《隼人塚》を見学された方は、ぜひとも重久の《隼人塚》の見学もお勧めします。この地に立ったとき初めて、背後にそびえる姫木の城山を見上げるとき、隼人への思いを熱くすることができます。


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