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野間の関  鹿児島県出水市

野間の関は、薩摩藩の三代関所の中でもっとも監視の厳しい番所として他国にも聞こえていたと言います。
 薩摩から他国へいたる街道は、出水街道、大口街道、日向街道の三本が主要街道でした。その中でも出水の街道は、肥後に出入りする本街道として、出水の麓(外城)とともに肥後に対する防衛上からも最も重要視されていた拠点でした。
 
写真は 肥後へ向かう街道筋跡。
 
写真は、薩摩方面に向かう街道筋。
現在では、道路沿いに住宅が立ち並び、当時の面影は感じられません。

写真は、野間の関所跡に建てられている碑。碑文は、元帥東郷平八郎と記されています。一番下には東郷平八郎の花押も記されています。
 東郷平八郎も、薩摩武士の気風、郷中教育の中で育った一人でした。その郷中教育の見本みたいなところが、《出水兵児》と呼ばれていた出水の麓でした。出水には、肥後への備えの意味もあって、薩摩でも最強の武士たちが備えられていました。
観光度★★

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