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耳川合戦  宮崎県日向市

写真は耳川合戦が行われた宮崎日向市の耳川の下流の様子です。耳川合戦とは、1578年、敗走する大友軍を追撃した島津軍が、写真の耳川付近で大友軍に大打撃を与えた合戦です。
 もともとこの合戦は、日向の高城まで南下してきた大友軍を島津氏が迎え撃ち、敗走する大友軍を約60キロ近くに渡って追撃、この一帯で展開された合戦の総称を《耳川合戦》と呼んでいるわけです。
 この耳川を渡ると、延岡領に入り、大友宗麟が陣地としてしていた務志賀です。大友宗麟は、味方の敗戦を聞くとすぐに務志賀を捨て、本国豊後へ逃げ帰っていたと言います。
  この戦いで大友氏と島津氏との均衡は破れ、大友氏は戦国大名の地位から転落していくことになります。それに対して島津氏はこれから10年間ほどで、ほぼ九州全域を制圧していくほどになります。

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