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願林寺   島根県川本町


願林寺は、戦国末期石見西部の国人領主小笠原氏の家老窪田越前守が本願寺蓮如の教化を受けて、その息子に本願寺の寺院として開山させた寺院と伝えられている。しかしそれまでにすでに禅寺として古くから武将たちとの関係があったようである。
 写真の総門は、当時の建造物で、度重なる修築を経ているが、彫刻などは当時のままで、見事なものである。温泉津町の文化財に指定されている。
 またもともとは禅寺であったことから、見事な枝垂れ桜や石見の山々を借景とする庭園が、禅宗の香りを漂わせていて、石見のひなびた山村にも確かに中世の落し物を確認することができる。
 現在の島根県温泉津町に所在する。
  窪田氏は小笠原長雄が戦国末期に本格的な山城として築城した丸山城で小笠原氏の家老家格として詰めていたと言う。
 その窪田氏がいかなる経緯で上方で蓮如と接触を持つに至ったかは詳らかではないが、安芸国はじめ石見地方に布教活動の触手を伸ばしていたことから、本願寺の布教活動の延長線上に接点があったのではないかと推測できる。
 小笠原氏は、戦国末期には尼子氏に味方していたことから、毛利氏の石見攻略の最初の標的にされ、1558年5月から8月にかけて本拠の温湯城を囲まれ、尼子氏の援軍も手を出せず、城は落城し毛利氏に降伏する。降伏した後の小笠原長雄が新たな居城として本格的に手を加えた城が、丸山城と思われる。


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