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泰平寺  鹿児島県薩摩川内市

写真は鹿児島県薩摩川内市に残されている泰平寺です。鹿児島の寺は、廃仏毀釈によって昔日の規模で残されている寺は皆無ですが、この泰平寺も、歴史に名を残している寺としては、あまりに無残な姿に思えます。
泰平寺は、豊臣秀吉と島津義久との会見が行われた寺として歴史に刻まれることになります。
 秀吉は、20万とも言われる大軍を投入し、島津氏征伐に向かいます。弟の秀長率いる日向道と、秀吉率いる肥後道からの二方向からの進撃で、島津氏を後退させていきます。
 島津氏は秀長軍と日向高城と根白坂で最後の決戦を挑みますが、多勢に無勢、所詮秀吉の軍の前には、島津軍は敵ではなかったようです。島津軍特有の自爆攻撃で屍を超えて秀長軍に迫りますが、累々と重なる島津軍の屍に、ついに島津義久は降伏することを決意します。

秀吉が、薩摩の川内泰平寺に着陣したことをきいて、降伏を決意した島津義久は、1587年5月秀吉に謝するために泰平寺に向かいます。途中義久の母の菩提寺であった雪窓院で剃髪し竜伯と改め、5月8日川内の泰平寺で、秀吉に謁見します。
 義久は娘の亀寿を質として差出し、薩摩を安堵されます。

 
 


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