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龍文寺   山口県周南市



龍文寺は、守護大内氏の守護代で大内氏の重臣であった陶氏の菩提寺である。1429年に陶氏五代盛政によって建立される。陶氏はもともと山口に在住していたが、二代のとき都濃郡(山口県徳山市近辺)に基盤を移し、代々周防の守護代として大内氏を支えていた。
 1551年陶晴賢(すえはるかた)が主君大内義隆を山口に急襲し、大内家の実権を握るが、1554年厳島合戦にて毛利元就に敗れ、自身は宮島で自刃する。しかし陶晴賢の息子長房ら一味が本拠富田若山城を捨て、ここ龍文寺に立てこもる。 毛利軍は、長房一味を攻めあぐね、地元の人々の念仏踊りの一行に紛れ込んで攻めこんだと言われている。それ以来、この地には念仏踊りが伝承され、現在も徳山市内の中学では生徒らがその念仏踊りを伝えている。
 境内裏手の山中には、歴代陶氏の墓が整然と並んでいる。

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