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塩屋城跡   広島県安芸高田市



粟屋氏は源義光の曾孫義定を祖とし、義定の曾孫元義より常陸国粟屋に居住して大江広元より一字を授けられ主従関係を結んだという。元義より五代目の親義から粟屋を称し、建武三年(一三三六)毛利時親の安芸下向に追従したと伝え、元国の家は粟屋の惣領家にあたる。
大永三年(一五二三)、毛利家の家督相続の際には、志道広良との連携で、一族の元秀を神仏詣を名目として上京させ、将軍に元就相続を直訴させ、元就家督相続を陰から支えている。
 以後、毛利隆元下で、一族の粟屋元親が五奉行を務めるなど、毛利氏の譜代家臣として重きをなしている。
 塩屋城は、同じく毛利氏譜代家臣の渡辺氏の居城長見山城とは指呼の距離にある。

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