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吉川元春館跡  広島県千代田町



吉川氏の家督を継いだ毛利元春の次男、吉川元春が吉川氏の居城小倉山城から火の山城へ本拠を移したことで、周辺に居館や寺院、街などを移設。
 戦国時代末期を代表する戦国武将の大規模な館跡で、吉川元春の勢力を如実に物語ると同時に、大規模な石組みの技術が注目されていて、吉川氏は技術集団を大規模に抱え込んでいたと推測されている。
 吉川氏の潤沢な経済的バックボーンは、ひとえに鉄資源そしてそれと深く関わっていた豊かな木材に尽きる。 その開発を支えていた人々が、中世の職人技術集団であったろうと推測されている。
 毛利元就が、なぜあのような陰湿な策謀をめぐらしてでも、この吉川氏に触手を伸ばしたのか。その理由は吉川氏の豊かな経済力とそれに支えられていた強力な軍事力であったろうと考えられる。
 
 館跡の背後に見える山が、日の山城跡である。山麓には、吉川元長の菩提寺万徳院跡や吉川広家の正室に嫁いできた宇喜田直家の娘(秀吉が養女として広家に嫁がせた)のために広家が建築した通称『松本屋敷』跡やその墓所などがあり、また元春館跡の背後には、元春、元長の墓所など、当時の栄華を偲ばせる史跡が数多く散在している。

 現在、館跡は写真のように数年前に発掘調査が終了し、史跡公園として整備される予定となっていて、ビニールシートが一面覆っていて、中に立ち入ることはできない状態となっている。
 大河ドラマが放映された直後は、遠く県外からも多くの観光客が訪れていたようだが、最近では訪れる人もめっきり少なく、時々訪ねてみると、さびしい風景だけが印象付けられる。近くに住むという年配の方が、かつてはここは私有地だったことなどいろいろ話してくださった。




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