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甲山城跡   広島県庄原市



甲山城は、山内氏歴代の居城である。
山内氏はもともと藤原家の流れを受け継ぐ家柄であったが、源頼義の郎等となって以来、一族は源氏と関係をもち、山内資通・俊通は源義家に従い、前九年・後三年の各役に参加。 源義家の妻は、山内氏から娶っていることから、山内氏は源氏の譜代家臣として活躍していく。
 山内氏は鎌倉に本拠を置き、さらに摂津、信濃、陸奥そして伊勢と各地に所領を持っていたが、どういうわけか地毘(じび)の荘園として平安時代から皇室領であったこの地に地頭職として下向してきた。なぜこの地にわざわざ下向してきたのかは明らかではない。
 地毘の荘園とは、現在の広島県庄原市の一部、高野町、比和町あたり一帯である。
 はじめは、1316年に現在の高野町に蔀(しとみ)山城を築いたが、1355年蔀山城を弟に譲って、本家は庄原の甲山城に移る。以後毛利輝元の広島城築城にともなう家臣団の広島城下への移動まで、200年余りの間山内氏の居城であった。
  戦国時代は毛利元就と並んで備後地方屈指の戦国大名となったが、1553年山内隆通(たかみち)のとき、毛利元就配下になった。
 城跡山麓には、国の重要文化財に指定されている円通寺や山内氏歴代の墓もある。円通寺の天井には雪舟が描いた竜の絵がある。また近くには山内氏の祈願所として知られている日吉神社があるが、そこには、かの源義家から授かったと伝えられている鎧兜が保存されており、国の重要文化財に指定されている。
 城跡は石垣がまったくなく、土塁を使用した中世の典型的な山城である。 三の丸、二の丸と広大な敷地で、それらの砦に円形状に取り囲まれるように本丸の土塁がそびえている。三の丸からはその昔の地毘の荘園を一望することができる。









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