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蔀山城跡   広島県庄原市(旧高野町)



蔀山城は、備後屈指の戦国大名、山内氏の最初の居城跡である。広島県高野町に所在する。1316年築城し、1355年に弟にこの城を譲り、総領家は現在の庄原市に甲山城を築き移る。その後弟の方は、多賀山内氏となり、最終的には多賀山氏と名乗るようになるので別名多賀山城とも呼ばれることもある。
  出雲の尼子氏の支配を受けていたが、毛利元就が勢力を拡大してくると、毛利氏の支配下に下る。1553年本家の山内氏が毛利元就の配下に降りた時の甲山城主山内隆通(たかみち)は、この多賀山氏からの養子である。また隆通は先代豊通の娘婿として山内氏に迎えられているが、豊通の妻は元就の兄毛利興元の娘であるから、山内氏と毛利家とは縁戚関係を結んでいることになる。
 多賀山氏は、毛利輝元の代に、秀吉との備中高松城攻防戦の後詰の不手際の責任を問われ、輝元に改易させられる。その後、多賀山氏の領地は、吉川広家(吉川元春の三男で吉川家の当主)の支配下に入る。
  なお高野町の名前の由来は、多賀の山(高野山)という言い方から由来している。


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