Samurai Wrold>毛利元就紀行




安芸国の小領主の次男坊から 中国地方と九州、四国の一部までを 一代にして制圧した毛利元就とそれに続く毛利家。  毛利元就とは単なる毛利家中興の祖というだけでなく、一人の武将としても偉大でっあったように思います。毛利元就とはどんな武将、そしてひとりの人間だったのか。 厳島合戦に勝利し、戦国大名の仲間入りをした時、彼は還暦直前でした。還暦を迎えてから毛利元就のサクセスストーリーが始まります。
大器晩成の代表―毛利元就。結果を早急に求めない、目標のためなら数十年も努力する、決してブレない硬い意志、将来のために禍根を残さない、強い人間的絆を大切にする、そして天下を取ることなどは最終目的ではない。物事を冷静に着実にしていく姿勢は、当時の他の武将たちとは異質で、ある意味で 後の徳川家康に似ています。 



毛利家と関わった武将たちの情報は 《サムライたちの墓》にあります。
吉川氏、小早川氏、毛利氏、尼子氏、大内氏、陶氏、宍戸氏、山内氏
和智氏、武田氏、高橋氏、益田氏、生き残った家系、滅んだ家系様々です。


 
毛利元就とその時代

郡山城全貌(3Dによる鳥瞰図)と古図に見る郡山城の昔と今
古図を片手に郡山城下を歩く
風水の思想から眺めた郡山城
毛利氏一門の山城ネットワーク
毛利本家と吉川・小早川両川体制とそのゆかりの地を訪ねる
毛利元就中国制覇への足跡を訪ねる―年表形式
シリーズ/地図で見る・毛利元就中国制覇への道のり
毛利元就最大のばくち―厳島合戦を検証
毛利元就の中国制覇を支えた−元就の家臣団
戦国時代の安芸・備後の国人領主たちの勢力図と拠点
  (古城紀行もあわせてご覧ください。)
消えていった武将たちを訪ねる
古戦場を訪ねて
人間・毛利元就のおもしろさ、怖さ
知っていそうで知らない・毛利元就の謎
毛利元就と兵法と間者
毛利元就から学ぶこと
毛利氏の家系と歴史
元就の息子たちとその後
小早川氏の家系 と歴史
吉川氏の家系と歴史  
 
その後の毛利氏
 毛利氏の発展は次の輝元の時代に最大領域に拡大しつつも、その維持だけでも大変で、とてもそれ以上領域拡大を目指せる状況ではなかったと思います。内部の家臣団の前近世的特性があり、一枚岩の組織になることはできなかったようです。高松城の手打ちの始末は、小早川隆景の判断が正しかったのではないでしょうか。しかし、日本の歴史を振り返れば、最終的には実質天下どりに成功し、それから260年余りの後、明治新政府樹立を迎えることとなったわけです。

毛利元就 安芸の小領主から中国地方の太守への道のり(年表によるその軌跡)
・毛利氏、中国10カ国120万石への道のり(年表によるその軌跡) 
・関が原の戦いから 周防37万石への転落の道のり (年表によるその軌跡)
・臥薪嘗胆の250年−そして徳川幕府打倒へ   





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