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和気神社   鹿児島県霧島市



和気清麻呂の生まれは現在の岡山県和気町地方ですので、岡山県和気に和気神社があります。ここ鹿児島の山間に和気神社があるのは、和気清麻呂が道鏡事件に絡んで京から追放され、この地に配流されてきたことに因んでいます。
 和気清麻呂の配流先についてにわかに関心事が起こったのは、幕末のことで、薩摩と近衛家の親密な関係があって、朝廷から島津斉彬に和気清麻呂配流先について詳細に調べてくれと依頼があってのことです。幕末の尊王運動の動きに合わせて、天皇家を守ろうとした和気清麻呂にスポットライトがあたっていったようです。
 朝廷から和気清麻呂配流先の比定を依頼されていた薩摩では、この地こそ彼の配流先と特定するに至り、今日に至っているわけです。
 それでは、そもそもなぜ和気清麻呂が縁もゆかりもなさそうに見えるこの地に配流されてきたのかという理由については、史跡物語第15回和気清麻呂大隅に配流の巻のなかで、詳しく説明しておりますのでそちらを参照していただきたいと思います。結論から言えば、和気清麻呂がこの地に配流されてきたのには、確かな歴史的背景があってのことで、たまたまこの地に配流されて来たなとどいうことはありません。




和気神社に捕獲されている白い猪。
なぜ、和気神社に猪がいる必要があるのか―その理由も史跡物語第15回の中で説明してあります。


 和気神社と藤の花との因果関係は、藤原氏=近衛家と和気氏との関係を暗示しているわけです。
 こうして歴史的背景からみていくと、猪、藤の花と和気神社と藤原氏との物語を暗示している道具がちゃんと揃えられているわけです。


これは単なる余興の一コマです。

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史跡物語第15回―和気清麻呂、大隅配流の巻
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