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坂本龍馬新婚の地  鹿児島県霧島市


慶応2年1月23日に、京都の寺田屋に潜伏していたところを襲われ、辛くも一命を取り留めた坂本龍馬は、薩摩藩に庇護され、その後小松帯刀、西郷隆盛に勧められ、薩摩の地に入ります。
 写真の温泉は、現在塩浸温泉と呼ばれ、鹿児島県霧島市牧園町の妙見温泉群の一角にありますが、ここで傷を癒していたと言われています。川辺の四角い水たまりのようなところが見えますが、その浴槽に入ったと伝えられています。当時はこのような質素な自然に沸いていた湯を利用した湯船で傷を癒していたのかもしれません。
 坂本龍馬とおりょうは、この地で湯治を兼ねながら、近くの霧島山への登山なども楽しみながら、しばしの間、幕末の動乱から離れ、二人だけの世界に遊んでいたのではないでしょうか。
 世間ではこのときの坂本龍馬とおりょうのこの薩摩への旅行を《日本最初の新婚旅行》と呼ぶようになりました。
 

現在の国道223号線は当然ありませんでしたので、坂本龍馬とおりょうたちは、隼人の浜市に船で上陸し、日当山温泉を通過し、そこで天降川を渡河し、松永方面から山道を越えて、この温泉地へ通過したと思います。そのルートについては《坂本龍馬が歩いた道−小鹿野》を参照してください。

霧島から隼人にかけての一帯は、天然温泉の宝庫で、ひなびたたたずまいの温泉は、疲れた体を癒すには格別のリラクゼーションの場です。


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